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まがたまについて

 



「水晶まがたま」は、丸々1個の巨大な水晶の原石をまがたまに加工し、ちょうど100キロの重さがあります。
昔から水晶には、浄化の作用とあらゆる幸運を呼び寄せる効能があるとされています。
ぜひ、眺めるだけではなく触れてみていただいて、まがたまの魔除けのパワーと水晶が持つ幸運パワーをお持ち帰りください。



ロビーに展示されている花仙山産めのう。左の青めのうは「出雲めのう」と呼ばれています。
これほどの大きさの出雲めのうは大変貴重なものです。

   
■ 緑の石は碧玉(へきぎょく)と呼びます。
   非常に細かい結晶性の石英の一種。多量の酸化鉄を含んだ不透明なもの。
   出雲地方では「出雲石」「青めのう」と呼びます。

■ 赤い石は瑪瑙(めのう)と呼びます。
   碧玉と同様に非常に細かい結晶性の石英の一種。このうち縞模様で半透明~不透明なものをいいます。

出雲玉作りの歴史

玉造地区では古墳時代あるいはそれより以前から碧玉や赤めのうを使った
「玉作り」が行われていました。

その歴史をご紹介します。

           

アクセサリーとして使用された玉は身を飾る一方で邪悪なものを退け身を守るものと信じられてきました。

最初は動物の牙や角、粘土を使っていましたが、次第にヒスイなどの希少な石やガラスを材料にするようになり、権力の象徴として扱われていきます。

        

玉といっても勾玉(まがたま)ばかりではなく管玉、小玉、臼玉などいろいろな形の玉があります。それらを総称して「玉」と呼びます。

当時、玉の主な役割は「装身具」「古墳の副葬品」です。

全国に玉を作るための工房が存在し、玉造温泉を囲む山「花仙山(かせんざん)」周辺もそ一つでした。

        

玉造温泉を囲む山「花仙山(かせんざん)」は1500万年前に溶岩が噴出してできた山です。碧玉やめのうは噴火のマグマによって形成されました。

古墳時代には、花仙山産の碧玉や赤めのうがヤマト朝廷や全国各地の豪族の元へ流通しました。

また、近畿北陸など全国の玉作り工房に材料を供給する一大拠点ともなりました。

奈良時代(733年)に完成した「出雲国風土記」に「玉作山」として紹介されています。


        

出雲玉作りの特徴は玉の形と石の種類のバリエーションです。

今まで勾玉の制作に取り入れられなかった「碧玉」や「赤めのう」の他「水晶」を材料とし様々な形の玉を生産。

出雲独自のブランドを確立していったのです。

        

平安時代の書物「古語拾遺」によると花仙山周辺で玉作りを生業としたのは「出雲玉作氏」という一族でその祖先神は「クシアカルタマノミコト」だと記載されています。

この神様は、今も玉造温泉街に鎮座する「玉作湯神社」にお祀りされています。

神社の敷地は重要文化財「出雲玉作跡」に隣接し、周辺で発見された出土品奉納されています。

社名の通り玉作りと関係の深いお社なのです。

   
       

飛鳥時代、日本に仏教が伝来し、律令国家が整えられていくと古墳の造営が停止します。

副葬品として求められ続けた出雲玉作りは飛鳥時代以降次第に衰えていきました。

花仙山周辺の工房では「勾玉制作」から「碁石玉制作」にかわり、平安時代中期まで細々と続けられましたが、その後900年に渡って途絶えてしまいます。


         

時代は下って、江戸の天保年間。

若狭国より「めのう細工」の技術を導入し、出雲玉作りは「出雲めのう細工」として復活します。今では県を代表する伝統工芸へと成長しました。

現在では、花仙山での採掘が終了しているため、「花仙山産のめのう」は大変希少です。

しかし出雲・まがたまの里・伝承館にて「めのう細工」は現在も続けられています。




       

<まがたまの形の意味>

・「動物の牙」を模しているとする説
・「胎児」の形を模しているとする説
・「釣り針」の形を模しているとする説
・「月」の形を模しているとする説

などの説があります。

   
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